BOOKOFFの中古本「わが槍捧ぐ」を購入し読んだところ、
可児才蔵に興味がわき才蔵ゆかりの地が「可児郡御嵩町御嵩」と
知りました。御嵩町は街道歩き等で何度も訪問したことがあり、
その時の画像も残っていたので、懐かしくもあり投稿しました。
時代小説「わが槍を捧ぐ」を読んで
戦国最強の侍・可児才蔵 鈴木英治著
本のカバー表紙
小説の内容
戦国の世を、槍一本を頼みに縦横無尽に駆け巡った武将の物語。
武運は天下にとどろき、自らの主君が戦死した後も敵方の武将に
請われ、多くの主君に仕えました。戦国の時代を生き抜く才蔵の
姿が描かれ、幼馴染の女性も物語に花を添える。晩年は福島正則
の配下として安芸国(広島県)で暮らし、生涯を閉じる物語です。
それでは「才蔵ゆかりの地」を紹介します。
才蔵が幼年期を過ごした古刹「願興寺」
御嵩駅からすぐ 山 門 岐阜県可児郡御嵩町御嵩
鐘楼門 岐阜県の重要文化財
寺伝によると、弘仁6年(815)に最澄(伝教大師)が、この地に
布施屋(施楽院)を開創し薬師如来を祀ったのが起源と伝わる。
収蔵庫
参考:平成29年10月14日開催された。
「可児才蔵まつり in願興寺」 ポスター
・・国の重要文化財「願興寺本堂」を守るため・・
本堂は再建から400年以上経て痛みが激しく、約10年の
歳月をかけて、解体修理が行われる。事業費として約13
億円、これと別の耐震補修を含めると寺の負担額約1億円、
町内では、町民の協力を呼びかける総決起大会も開かれた。
との記事がネットに載っていました。
現在、本堂修理保存会では寄付金の募集中!です。
戦国から江戸時代初期にかけての武将
可児才蔵 家紋:丸に違い笹の葉
・生誕地:美濃国可児郡 ・死没:慶長18年(1613)
・墓所:広島市才蔵寺(享年60才)
・主君:斎藤龍興・柴田勝家・明智光秀・前田利家・織田信孝・
豊臣秀次・佐々成政・福島正則と仕えた。
・慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いでは、福島軍の先鋒隊長として
参加し、敵兵の首を17も獲り、家康からは大いに賞讃されたと
いう。 甲冑を着けて腰かけたまま亡くなったといわれている。
・別名:笹の才蔵とは・・戦で打ち取った首の口や鼻に笹を含ませて
後で才蔵が打ち取った首であることを証明したことから。
御嶽(みたけ)宿
中山道六十九次49番目の宿場(現御嵩町)
天保14年(1843)の御嶽宿:尾張藩
・人口:600人 ・家数:66軒
・本陣:1 ・脇本陣:1 でした。
「御嶽宿」平成26年6月の画像
中山道みたけ館
御嵩町をいろいろと振り返ることができました。